皆さんこんにちは。
ソラマド大分の造士です。
今日は家づくりとはあまり(まったく)関係ない、少し懐かしい話をします。
もちろんAIではこんな話は書けないので、完全リアルオリジナル物語です。
私が10代後半の頃、諸事情ありまして福岡市内で肉体労働に従事していた時に出会った「ナカニシ」の話です。
タイトル見たら「ナルニア物語」みたいですが、そんな素敵な話ではありません。悪しからず。
さて、今から約30数年前の当時の細かい諸事情の説明はスッ飛ばして、私はいつもナカニシという男とつるんでいました。
仕事も遊びも住まい(タコ部屋)も一緒でした。
歳は私と同じだったはず。
身長は私よりも少し低かったかな。
ナカニシの下の名前は、、聞いたかもしれないけど忘れました。
当時は当然ながら携帯も無く、彼の写真などもありません。
なので、当時の彼の姿はこんな感じ。

(*狂気のナカニシ/造士作)
彼の基本情報はこんな感じです。
熊本県出身・小さい頃から空手やってた・基本無口で静か・悪魔的な目つき・アホみたいに喧嘩つよい・耳が尖っている・仮面ライダーみたいな身体。
そんな彼とつるんでの生活は、約1年ほどでした。
その間の彼とのメチャクチャなストーリーは多々ありますが、あまり書くとスタッフから怒られそうなので、ココでは控えます。
知りたい方は、私を居酒屋にでも連れて行ってください。
面白いかどうかは分かりませんが、自分でも『(両方の意味を込めて)よく生きてたな〜』と思います。

(*30数年前の建設中の福岡ドーム)
さて、そんな彼との時間は突然終わりを告げます。
私が怪我をして、地元の大分県に戻ることになったからです。
そんなナカニシは、いつも黒いナイロン製のキルティングジャンパーを着ていました。
それが妙にかっこよくて『お前のそのジャンパーかっこいいな』と言ったことが、1回ぐらいありました。
そして私が高速バスで大分の実家に帰郷する時に、彼は天神バスセンターまで見送りに来てくれました。
お互い「住所不定無職」
熱い抱擁も握手も、連絡先の交換もありません。
ただバスが来て乗り込む瞬間、ナカニシは着ていたあのキルティングの黒いジャンパーを「パッ」と脱いでTシャツ一枚になって、『コレぞうさんにやるわ』と言って無造作に腕を突き出して、私に寄越してくれました。
『ありがとう』ぐらいは言ったと思います。
バスの座席の窓から見た、私にとってナカニシの最後の姿は、2月の寒空にTシャツ一枚でバスセンターに立ち、こちらを例の悪魔的な目つきで静かに見つめている姿でした。

(*当時の天神バスセンター)
あれから30数年、その黒いキルティングのジャンパーは私の実家にあります。
そして私の年老いたもうすぐ80歳になる父が、毎年寒くなるとそのジャンパーをナゼか時々着ています。
あちこちキルティングの糸が切れて糸がピョンピョン垂れて、ところどころに白い塗料が付いてたりして、とても「価値あるモノ」には見えないジャンパーです。
たぶん中古品として売っても数百円にもならないと思います。
もしかしたら、欲しい人なんて一人もいないでしょう。
でも私にとっては、どんな高価なジャンパーよりも価値があります。
なぜなら、そのジャンパーにはナカニシという人間と、あの頃の景色や空気感が全部縫い込まれている気がするからです。
皆さんにも、それを見ると(手に取ると)いろいろな景色や人を思い浮かべるモノは、ひとつふたつはあるでしょう。
人はモノを大切にしているようで、本当はそのモノに宿ったストーリーを大切にしているのかもしれないですね。
いろいろあって、いま私は家をつくる仕事(天職)をさせてもらっています。
いわゆる「モノづくり」の仕事です。
オチとしては、ここで「モノ」という家づくりに関連した言葉で締めたいところですが、今日はやめときます。
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さて、ナカニシ、、、お前どこかで生きちょんか?
いつかお前にジャンパー返すけんな
おしまい。