皆さんこんにちは。
来週からメタクソ寒くなるみたいですね。
そんな時はやっぱり「あたみ」ですね!
前回ブログをちゃんと読んでいただいてる少数派のアナタには響くキーワード。
あ!そういえば「あたみ」もとうとう値上げの波が来てました(涙)
いつもなら入浴料(380円)+貸しタオル(20円)=400円 なはずだったのですが、先日またブラリ熱海の夜をしに行った際に番台のお婆ちゃんに1000円札出したらお釣りで500円玉と50円玉、、、。
「やや!?、、、あ!婆ちゃん50円玉と100円玉間違ってるんやな!」と思い『これ50円玉やん100円玉と間違っちょんで〜』って自信満々に言ったら『50円値上げしたんよ。ぐふふ』って、、w
ま、50円値上げ分源泉温度が高くなる訳でもありませんが、これもまた仕方なしという事でいつもより長めに湯船を満喫したのでした。
さて、そんなしょうもない話は置いといて、今回のテーマ「登山ではあいさつするのに街ではしないのナゼ?から考える土地選び」について。
先日あるYouTubeの中でその話題に触れてたのですが『なるほどなぁ〜、、』という思いがありましたので、その話題を紹介しながら自分自身のライフワークでもある「家づくり」に関連するエッセンスがあるのでは?と考えてみましたのでそれをテーマに書いてみたいと思います。
そのYouTubeは僕の好きな社会学者の宮台真司さんが、YAMAPという登山アプリの開発者である春山慶彦さんとの対談で出た話題でして、人は登山をしてるときにすれ違う人たちと「こんにちは」と挨拶するけど、街に降りたら駅や交差点ですれ違う人たちに挨拶などしないのはナゼなのか?という話だったのです。
ちなみに宮台真司さんは昨年11月末に勤務先の大学内で暴漢に襲われて大怪我された方です。けっこう過激な言葉も使って現代社会を分析・批判・提言する学者さんなので敵もつくりやすいのかもしれませんが、とても頭がよくて正直な人だと思うので僕の大好きな人なんです。
さて、話に戻ります。
まぁ〜、、確かにそうですよね。
街中で知らない人には挨拶とか声掛けしませんよね。
全く知らない人が街中ですれ違う人たちに「こんにちは!」「こんにちは!」って声掛けしてたら「ヤバイやつ」認定になってしまいますねw
でも山中では自然と「こんにちは〜」と声掛けしても「ヤバイやつ」にならない理由。
皆さんはナゼだと思いますか?
僕は瞬間的にまず考えた理由は、、、「不安だから」
まず、原野や山中を歩くことは利便性の都市社会から離れ、頼る人やモノやサービスが無い環境だから無意識にある「不安」が常に存在してる時間なんだと思うのです。
そんな環境でフト出会う人々は、唯一その不安な環境を共存している「仲間」だと無意識に感じてるからだと思うのです。
逆に言うと、都市生活・街生活ではそのような生存としての不安を感じる「危険」や「不便」を感じにくいから、同じ環境を生きる仲間としての意識が低いのだと思うのです。何かあったときに助け合う必要性も低いですからね。
そして、その動画での宮台さんたちが考察した見解もほぼ同じでした。
環境によって、自分がどれだけ弱い存在なのか?を意識する事で「生存」としての仲間を大切にしようとする本能が無意識に働き「自分という存在のアピール」が挨拶というカタチとして発動するのだと思うのです。
しかしながら、都市生活・街生活が充実すればするほど、その生存(集団生存)としてのリスクは減っていって、危険度が減ることでお互いに頼りにする必要がなくなり、機能・性能としてのシステムにどんどんと依存する事で表面的には利便性が増して「快適」になるのだけれど、反面、人的なマンパワーの相互扶助の無意識な関わりと、そのような日常習慣(例えば挨拶とか)はどんどんと無くなって表面的な人的利害のみ(あーすれば・こーなる的な)で成立した「損得での関係性」でしか関わらないという価値観が増大する気がするのです。
そう考えるとですよ、家づくりの色々な話題の中で「どこに暮らすか?」という土地選びの話もよく出るテーマなのですが、先日モデル見学に来られた方のことをフト思い出したのです。
その方の希望の土地(立地)は、あまり周りに家がなくて近所付き合いもあまり干渉されず、人間関係で悩まないで済むようなところで、かといって山の中にポツンと、、のような極端な環境ではなく適度に利便性もあるところ、、、。
ま、このおっしゃってる条件を読んでみていろいろ皆さん思うところもあるでしょう、、。そこは置いといて、、フト思ったのは、その方たち、思いっきり市街地中心部に住んだ方が良いじゃないかな?って事です。『景色が〜』という条件はクリアできませんが、それは週末に久住高原にでもドライブにでも行って満喫していただければ。
よっぽど都市機能が充実してる環境の方が生存のための助け合いは必要なく、お互いに干渉されず無関心で居られると思うのです。逆に言うと、郊外に行けば行くほど、都市機能の利便性から離れれば離れるほど、ご近所お互いに助け合う精神が無いと暮らせない、ということなんだと思うのです。
ま、知らない馴染みのないエリアに居を構える不安は誰しもありますから、その不安もある程度理解はできるのですが、不安を感じるのは住み始めるこちらサイドばかりではなく、そこに元々住んでいるご近所さん達も同じような気持ちで迎えているのだろう、、という想像力も大切です。
とはいえ、大分県というエリアを全体として考えたときに、それほど「都市」なんて言えるエリアはほんの一部(大分駅半径2キロ以内ぐらい?)ですし、圧倒的に「お互い様」の精神が必要なエリアがほとんどなので、ほどほどのご近所付き合いは大前提で周りに家があっても自信を持って「お互い様」の精神でほどほどの立地に最高の設計で暮らせば大丈夫!
なんつって。
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